sexta-feira, 5 de dezembro de 2008

trasncrição da gravação - mi yamagishi

「自分の考えはいい加減なもんや」と思ったら、そこから一体が始まる。まずその自分になること、用意するならそこからすること。相手があって一体の人やな しに、自分がなること。自分の考えが正しいとしない人。とにかく我のないというのはそこなのよ。「自分が優れている」、「正しい」、或いは「みんなの決め たものを正しい」とする頑固なもの、それがなくなったのが一体よ。それから始まらなければ一体は始まらん。そのコモトが出来てなければ、なんぼやってもあ かん。これが一体研鑽の一番初歩で、一番基本やと思う。相手に問題があるのでなく、自分が本当に一体の自分かどうかよ。自分よ。それでこそ話し合いが出来 るのよ。いっぺん聴いてほしかった。「ああ、そういうことか」と聴いてもらって、向こうさんのも聴いて、聴いてるうちに、「それも正しいとは言えない」と して研鑽していくのが一体社会やろ。